CX-3と往く巡礼の旅 その17 - 西国一六番・洛陽十番~十四番 清水寺

どうもこんにちは。

なんだか記事タイトルがよくわからんことになっておりますが、とにかく今回はみんな知ってる京都、清水寺。

なんでこんな記事タイトルになっているのかというと、西国十六番はいいとして、洛陽三十三所の中に清水寺が5つも入っているからなんですね。

  1. 清水寺善光寺堂(旧地蔵院)
  2. 清水寺奥の院
  3. 清水寺本堂
  4. 清水寺朝倉堂
  5. 清水寺泰産寺

西国三十三所、洛陽三十三所の巡礼記事リストはコチラからどうぞ。

元々西国三十三所も洛陽三十三所も観音巡礼ですから、札所は本堂の御本尊とは限りません。ですからお寺の中にある複数のお堂の御本尊が対象になっていてもおかしくはありません。ええ……おかしくはないんですけどね……。まあ、それだけスゴいお寺だということでいってみましょう!

清水寺ってこんなお寺さん

その他の参加霊場

  • 法然上人二十五霊場 第十三番札所(阿弥陀堂)
  • 洛陽六阿弥陀霊場 第三番札所(阿弥陀堂)
  • 神仏霊場巡拝の道 第百十七番(京都第三十七番)札所

清水寺の始まりを記した『清水寺縁起』(「続群書類従」所収)によると、奈良で修行を積んだ僧、賢心(けんしん)が夢で「南の地を去れ」とお告げを受けたことが清水寺の始まりです。賢心は霊夢に従って北へと歩き、やがて京都の音羽山で清らかな水が湧出する瀧を見つけます。そして、この瀧のほとりで草庵をむすび修行をする老仙人、行叡居士(ぎょうえいこじ)と出会ったのです。行叡居士は賢心に観音を造立するにふさわしい霊木を授け「あなたが来るのを待ち続けていた。私は東国に修行に行く。どうかこの霊木で観音像を彫刻し、この霊地にお堂を建ててくれ」と言い残して姿を消したといいます。賢心はすぐに「勝妙の霊地だ」と悟り、以後、音羽山の草庵と観音霊地を守りました。賢心が見つけた清泉は、その後「音羽の瀧」と呼ばれ、現在も清らかな水が湧き続けています。

それから2年が経ったある日、鹿狩りに音羽山を訪れた武人、坂上田村麻呂が音羽の瀧で賢心と出会います。坂上田村麻呂は賢心に尋常ならぬ聖賢を感じ、大師と仰いで寺院建立の願いに協力を申し出ました。そして、妻の三善高子とともに十一面千手観世音菩薩を御本尊として寺院を建立し、音羽の瀧の清らかさにちなんで清水寺と名付けたのです。

清水寺の歴史 - 清水寺公式サイトより抜粋

行叡居士が元祖、賢心が開祖、坂上田村麻呂が本願とされているようですが、一般的には坂上田村麻呂が創建したお寺として有名ですね。宗派は北法相宗ですが、元々は奈良の興福寺、薬師寺を総本山とする法相宗に属するお寺でした。その清水寺が北法相宗として法相宗から独立したのは戦後、1965年のことです。同じく法相宗に属していた法隆寺も1950年に聖徳宗として独立しています。

こうして見ると、法相宗って興福寺、薬師寺に法隆寺、清水寺と日本を代表する寺で構成されているものすごい宗派だという印象を与えますが、その割にあまり知名度は高くないですよね。ここでは詳しくは触れませんが、法相宗は学問探究の色が濃い宗派で檀家も持たず、葬儀も行わないというスタイルにもその原因があるのかも?

興福寺や薬師寺、離脱した法隆寺は奈良にあり、飛鳥時代、奈良時代の創建ですが、清水寺も現存する京都の大寺院には珍しく平安遷都あたりに創建されたものであり、歴史的価値も高いのですね。

奈良・平城京から長岡京を経て平安京へ遷都する際、桓武天皇は強大な仏教勢力を抑えるため、奈良から平安京への寺社の移転を一切認めなかったといいます。平安京内では当初官寺である東寺と西寺以外の新たな寺の建設も認められませんでした。ですから平安京の頃から存在する大きなお寺はほとんどないのですね。(元々あった一部のお寺は存続を許されています。)逆に言うと、奈良に古い大寺院が残っているのはこの政策のおかげなのかもしれません。

その頃からあった清水寺も広隆寺も平安京の外ですし、そのあとの時代に建てられた大寺院もほぼ平安京の外側ですね。室町時代以降でみるとある程度大きなお寺も平安京内に建てられるようになりますが、元が碁盤の目である町の構造を犠牲にするほどの大きなお寺は、ざっと見て東本願寺、西本願寺くらいかな? でも両本願寺は秀吉の寄進によって京都に移転してきたものですから結構最近の話です。

正式名称

音羽山 清水寺

宗派

北法相宗

御本尊

十一面千手観世音菩薩

  • 本堂(西国・洛陽) : 十一面千手観世音菩薩
  • 善光寺堂 : 如意輪観音菩薩
  • 奥の院 : 三面千手千眼観音菩薩
  • 朝倉堂 : 十一面千手千眼観音菩薩
  • 泰産寺 : 十一面千手千眼観音菩薩

御詠歌

  • 本堂(西国・洛陽) : まつかぜや おとわのたきの きよみずを むすぶこころは すずしかるらん
  • 善光寺堂 : とおくみれば てんとひとしき じぞういん まいるこころは ちかくならん
  • 奥の院 : きてみれば つゆきよみずの おくのいん だいひのかげの さしもぐさかな
  • 朝倉堂 : あさくらや きのまるまるき しんじんは おがみてとおる かんのんのどう
  • 泰産寺 : たいないに やどりしよりも たのみつる こやすのとうの ほとけなるらん

札所本尊真言(観音様の種類による代表的なもの)

  • 千手観音 : おん ばざら たらま きりく そわか
  • 如意輪観音 : おん はんどめい しんだまに じんばら うん

詳しくはコチラ

ロケーション&CX-3的オススメ度

住所 : 京都市東山区清水1丁目294
(下の地図の–番です。拡大してご覧ください。左上のでインデックスが表示されます。代表して数が多い洛陽三十三所の地図を掲載)

CX-3で訪問オススメ指数 : 30%

30%と元々低いオススメ指数ですが、それでもクルマで行くなら止めはしません。でも清水寺直近の駐車場は目指さない方がイイですよ。最近は平日でも観光シーズン以外でもかなり混雑しています。また、八坂神社から清水寺まで散策するのにもちょうど良いルートですからクルマじゃない方が楽しめると思います。

詳しくは前に書いた洛陽九番青龍寺の記事の同じ項目をご覧ください。

訪問記

観光的には西国、洛陽ともに屈指の目玉なのですが、今回の訪問はかな~~り手抜きな感じになってしまいました。

たまたま清水寺のすぐ近くのお客さんに用事があったので立ち寄ったので時間もあまりなかったのですが、人が多くってね……。知ってたけど。伺ったのは梅雨時。要するにゴールデンウイークと夏休みの間、桜と紅葉の間。しかも平日。

なんで人でごった返してるんだ。知ってたけど。

今記事を書いているのは2026年お正月。中国人が減っていると言われている最中なのでちょっとは状況も変わっているかもしれませんが、年末辺り、京都市内の観光客が多い辺りを歩いていても、変わらず人は多かったけどなぁ……。

洛陽九番の青龍寺さんに寄ってから、二年坂(二寧坂)、三年坂(産寧坂)を歩いて向かいますが、とにかく激混み。風情も何もあったもんじゃありませんし、ズラッと並ぶお店に立ち寄る気にもなりません。

それでもようやく仁王門にたどり着き、さあ門をくぐるぞ……と、その前に。

門の手前の横の方に、洛陽十番の清水寺善光寺堂がありますよ。

ほとんどの観光客はスルーしているので、ここだけは落ち着いて拝むことが出来ました。

如意輪観音様も直接拝むことが出来ました。観音様も心なしかリラックスされているように見えます。

というわけで、あらためて仁王門をくぐって清水寺本番。

本堂手前には洛陽十三番の朝倉堂がありますのでざっくり拝んで(申し訳ない)いわゆる清水の舞台がある本堂へ。

やっぱり眺めはいいですね。これに桜やら紅葉やらが加わったらそりゃ観光客も集まるわな、とひとりナットク。

でもどうにもナットクできないのは、この舞台のすぐ後ろに本堂があるのですが、拝んでいる人がとても少ないということ。あんたたちは一体何をしに来てるんだ?

観光ですよね、スミマセン。

ちょっと釈然としない気持ちを抱きつつも、キチンと拝みます。

本堂。女子はワタシとは無関係です

そして本堂からさらに奥へ。本来は本堂すぐ奥の納経所で御朱印がいただけるようですが、臨時で少し進んだところにある釈迦堂でいただけるようになっていました。

インバウンドな人たちと一緒に並んで10分くらいでしょうか。中では5人くらいの方が延々と御朱印を書いてくださっています。どうもここで観音巡礼の御朱印はすべていただけるようなのですが、人も並んでいる状況でいくつも書いていただいていいのかな? とちょっと躊躇したのですが、お伺いしたところ大丈夫とのこと。でも、さらに釈迦三尊像が鎮座されるすぐ横で観音様関連の御朱印ばっかり書いていただくことにもちょっとだけ気が引けましたが、きっと仏様はそんなことは気にしないに違いないと、一気に西国・洛陽合わせて六枚書いていただきました。

ちなみに御朱印で並んでいるのも外人さんの方が大半だったような気がします。でもみなさんマナー良く静かに並んでいらっしゃいましたし、何より楽しそう。あんまりインバウンドインバウンドって悪く言うのも良くないよねと思いました。

その後奥の院を回り、舞台の下側へ。舞台を支える懸造りを下から眺めるのも好きです。

そうして慌ただしくも楽しい清水参拝は終わったのでした。写真が少なくてスミマセン。

…………ん?

しまった。

一番奥にある泰産寺に行くの忘れてた。奥の院からさらに奥へ徒歩5分くらい行ったところにあるのですが、すっかり忘れてました。

待ってろよ、泰産寺

というわけで、御朱印だけいただいてしまった泰産寺にはまたの機会にお参りしようと思います。

普段から京都を走り回っているので、その気になればいつでも行けるんです。人が多くて面倒だっていうことさえガマンすればですけど。

御朱印

御朱印をいっぱいいただきました。

一カ所でまとめていただくってちょっと味気ない……とか思っていましたけれど、世界中から人が集まる日本有数の観光地であるこのお寺で、その場で書いていただけるというのは素晴らしいことですね。

ありがとうございます。

さいごに

実際のところ、この日はあまり時間の余裕がなく、本当に駆け足でぐるっと一周回った感じです。

あまりに観光地化が進んでいるので、京都で暮らす(家は大阪、仕事が京都)者としてはちょっと醒めた目で見てしまいがちなのですが、やはり素晴らしいお寺なんですよね。歴史もあり文化財も多く、本気で見て回るなら半日くらいはかかりそうです。市街地にほど近いのに山寺の雰囲気で舞台から市街地を眺められるのも良いですし、その山の起伏に富んだ地形を見事に活かした境内の眺めも素晴らしい。

実は大学を出てから数年間(ずいぶん昔です……)、清水寺の門前すぐで働いていたのですが、その頃は繁忙期は人でいっぱいでしたけど、それ以外は結構人が少なかったんです。その頃から比べると、いつも人でいっぱいというのは純粋に参拝するためにはあまり良い環境だとは思いませんが、世界中から多くの人が来て下さるということを「悪いこと」ととらえてしまうのも一面的な見方だなぁと、楽しそうに観光している外人さんたちをみていて感じました。わざわざ……ホントにわざわざ遠くから来て下さってるんだから。

そんなことを言いつつも「京の台所」錦市場はもっと外人さんでごった返していて、通る度に不機嫌になるくらいですが、それも別に外人さんにムカついているんじゃなくて、外人さんからぼったくるような、しかも実は京都と無関係な店ばかりがズラッと並んでいるのに腹が立っているんです。もはや「自称」京の台所です。京都の人はもうここを自分たちの台所だなんて思ってないですよ。

毒を吐きすぎました。

そんな感じで色々思うところはあるものの、やはり他では味わえない無二のお寺だと改めて実感いたしました。

泰産寺を忘れていたこともありますし、また改めて伺いたいと思います。

……できるだけ人が少ない時を見計らって。

それではまた。

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