私はSaaren Arma（サーレン・アルマ）。Cille大学（University of Caille）の研究員として勤務している。
専攻は人類学だが、この大学で言うところの人類学とは実に広範にわたるということはよく知られたことだ。
人類にとって自らを科学的、生物学的にはもちろん、社会学的、歴史学的、さらには民俗学的視点からも俯瞰的に体系化することはとても重要なことである。遙か昔に母なる母星から隔離され、最も重要なルーツを失ってしまった私たちにとってはなおさらだ。
もっとも、ひとつの学問をそれだけ広く、そして深く究明することが可能なのは、50万の学生を擁する世界最大級の規模を誇るこのUoCだからこそとも言える。
そのUoC人類学部において第７調査班首席研究員に抜擢されしばらく経つが、少々困った立場に追い込まれていた。教授会から再三にわたってクローン契約の締結を求められてきたのを断り続けてきたからだ。
教授会の要求にも合理性はある。
法律によってクローン契約を拒否する者はカプセラ船のパイロットとして活動することはできないとされている。そうなるとどこへ行くにも旅客として乗船するほかはなく、フィールドワークも観光客と肩を並べながら……という情けないものになってしまうし、独自に船をチャーターするのは予算的に許されない。これでは私に課された学術的使命を全うすることが非常に困難になってしまう。それが教授会の主張だ。
一方、私がその契約を拒絶してきたことにも理由はある。やはり精神と肉体の不可分性という古い観念が遺伝子レベルで刻まれていたからだろう。クローン契約を結んでも、そして実際に自分の精神が新たな肉体に移る日が来たとしても、私は何も変わらない。それは科学的にも証明されており、私の頭の中でも十分理解している。しかし迷信的な恐怖感が私を躊躇させていたのだ。
相手には合理性があり、こちらにあるのは個人的、感情的な理由しかない。研究者であれば合理性を取るべき。そんなことはわかっている。わかっていても納得できないことがある。それが人間であり人類だ。そんな不可解さがあるからこそ人類学は研究に値する。こんな感じで話題をすり替えつつ私は自分をごまかし続けてきたのだ。
そんな私に最近になって転機が訪れた。
私の友人たちがカプセラとして活動を開始したのだ。クローン契約には抵抗はあったはずのその二人だったが、この広大な宇宙で何かを成し遂げるためには避けることのできないことだと彼らは言った。
自分が自分らしく生きるために受け入れる必要がある運命だと彼らは言った。
―― それから数日後、私はCaille大学の新人カプセラ養成部門で訓練を受けている。
学術的興味の赴くままの調査行に思いを馳せながら。
訓練に疲れたときには友人のカプセラに連絡を取る。どうやら小さな事業を立ち上げて二人で面白おかしくやっているようだ。そんな以前と変わらない、実に人間らしい二人の様子を自分の励みとして、私は訓練を続けるのである。
この調査報告での参考文献
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