最近はデスクワークが多くなっていたが、今日は久しぶりのフィールドワークに出かけようと思う。
今までいくつかの種族のホームワールドを巡ってきたが、ようやく私自身の故郷の調査をする機会を得た。私はジンメイ人である。ジンメイ人がガレンテ連邦に参加したのは第一次ガレンテ・カルダリ戦争よりも後のことであり、ガレンテのアマー帝国とのファーストコンタクトの数年前のことであるから、かなりの新参者の立場である。地理に疎い方なら、その情報からジンメイのホームワールドというのはさぞかし僻地にあるのだろうと思われるかも知れない。しかし、それは大きな間違いである。
ジンメイ人のホームワールドはEveryshoreリージョン、Lirsautton(リアサトン)星系の第5惑星、通称「Chandeille」である。そのリージョン名から想像出来るとおり、ガレンテ連邦内の中枢域にあり、連邦の重要拠点からも便利な位置にある。
- Lirsautton – Luminaire(ガレンテホームワールド): 5ジャンプ
- Lirsautton – Villore(ガレンテ連邦首都星系): 5ジャンプ
- Lirsautton – Dodixie(ガレンテ連邦最大の商都): 2ジャンプ
この地理的条件にもかかわらず、ガレンテとジンメイのファーストコンタクトが遅くなったのは、恐らく宇宙航空技術が開発された後も、ジンメイ人が星系外への進出に消極的であったことことに一因があるだろう。お互いに星図(面)を広げている中でその領域が交わる場合とは異なり、片方が「点」のままならば、それを発見するためにはその点に意識を向けて調査する必要があることは素人にも想像がつきそうなものである。
しかし、そのような連邦の中では後発のジンメイ人とLirsautton星系だが、今日では連邦内でも有数の要衝となっていることは周知の通りである。従って今回の現地調査もそのあたりのことを意識して進めることになりそうだ。この調査ファイルをご覧の方はぜひ、当調査班編纂の人類学大事典内「Lirsautton」の項目と合わせてご覧いただきたい。
テイクオフ – Lirsauttonへ
私はいつも通り、TrossereのUoC支部からTristanで出発する。ここからもLirsauttonまではわずか5ジャンプと、楽な道程だ。
特に問題も無く、現地に到着した。11の惑星を持つ星系だ。まずはその太陽に向かう。
事前情報の通り、恒星としてはそれほど明るいものではないが、フレア活動が活発というのも確かなようだ。至る所で大規模なフレアが生じているのがわかる。ただし、このフレア自体も温度が比較的低めであることから各惑星への影響も緩和されているとのこと。主系列星としては寿命の後期にあたるということで、もしこれが違う成長段階にあったとすれば、このフレアの影響もさらに甚大なものとなり、私たちの母星も生存に適さない環境になってしまっていたのかもしれない。
Lirsautton内惑星帯調査
そのまま私は進路を変え、第1惑星へと向かう。
とは言え、第1惑星は外見上不毛な惑星であり、少なくとも人類学の調査としては重要な研究対象ではない。ただし、採掘目的の地下居住区が設置されていて、産出された物品を扱うために軌道上に浮かぶステーションがある。これはCreoDron社のステーションである。このフレアの影響を強く受ける領域という悪条件にオートメーションテクノロジーに優れた同社が名乗りを上げたのは自然なことだろう。
次に私が向かったのは第3惑星だ。
ここはジンメイ人にとって第2のホームワールドともいうべき惑星である。元々宇宙への進出に消極的だったジンメイ人が唯一ガレンテ加盟以前に植民に乗り出した惑星として有名である。ChakauxまたはHulangとも呼ばれており、地元住民にとってはホームワールととして認識されてもいるようだ。
実に美しい海が広がる惑星だ。私はこの水晶のような惑星にしばし時を忘れて魅入られた。確かに陸地面積が狭く、かつ山岳地帯が多いため、人間が暮らす環境にするまでには困難が伴ったことだろうが、それでもここに暮らす人たちが胸を張ってこの惑星こそ自分たちのホームワールドだと主張する気持ちもわかる気がする。
さて、少し話を変えよう。
先に述べたように、この星系は後発で連邦に組み入れられたにもかかわらず、要衝と言える地位を築いている。その要因はもちろん、第1に地理的条件だろう。そして第2にはジンメイ人のカースト制度によって形成されてきたその規律正しい性質による、効率的かつ迅速な宇宙開発だと言われているが、これも理屈としては納得できる。「理屈としては」と書いたのは、ジンメイ人である自分自身や、ジンメイ人である友人達のことを顧みると、それほど規律正しい、効率的な人間だとは思えないからだ。
どんな人種でも、様々な性格や気質を持つものだ。だからミクロ的視野で見るとそういう分析は当てはまっていないように思えてしまう。それでも 結局のところ、マクロ的に見ると人種の、その血が持つ気質というものがあり、それにふさわしい文化が形作られ、社会や経済、テクノロジーも発展してゆくのかも知れない。どちらにしてもすぐに答えを出せるような問題でもないけれど、そのミクロからマクロへのつながり、関連といったものは人類学を専攻するものとして常に念頭に置くべきものだと感じる。
私は、まあ、コツコツ型ではあるかも知れないが、上下関係に厳しい規律正しい人間かと言われると違う気がするし、仲の良い友人のふりっぷやなおみんも、ちゃらんぽらんだったり、行き当たりばったりだったりする。もっとも私たちはジンメイ人ではあるが、それぞれガレンテ民族との融合が進む別の星系で生まれ育っているからカーストの影響を受けていないだけかもしれないが。果たして先で触れたジンメイ人の気質というのは、元来の性質なのか、カーストによって作られたものなのか、そこも気になるところである。
Lirsautton繁栄の象徴たち
では、ここからはこの星系の連邦内の地位を表すものをいくつか取り上げてみよう。
この写真をご覧いただきたい。
とあるステーションとバックに移るのは月……ではなく惑星だ。第7惑星、不毛の星だ。このステーションに心当たりはあるだろうか? もう少し接近してみようか。
どうだろうか? よく見ていただきたいが……まだわからないだろうか? 仕方がない。なら、これでどうか?
ホログラムの宣伝もそうだが、ステーションメインゲート横にあるロゴを見てもQuafe社のステーションであることがわかる。しかしQuafe社と言えばガレンテを代表する大企業のひとつであり、飲料メーカーとは思えない政治的影響力を持つとさえ言われているし、そのステーションもガレンテ領内では珍しいものではない。それをこのようにもったいぶって扱うのは、このステーションがQuafe社の本社であり、基幹工場のひとつでもある、特別なものだからだ。
人類学大事典でも書かれているが、これほどの巨大企業の本社にしては、人の住まない荒れ果てた惑星の脇という妙なところに建設されている理由はきちんとある。住民にとっては大企業の進出というのは決して悪いことではないが、ジンメイ人の場合は事情が異なるのだ。自由主義を標榜するガレンテ連邦内にあっても未だカースト制度が根強く残っているジンメイ文化にあっては、自由資本主義企業の進出は権力者層にとって、その伝統的な仕組みを破壊しかねない「都合の悪い」ものなのだ。
本来、自由というものを最高の価値に据える連邦社会において、カースト制度など相容れるはずもないが、それでも結局の所、連邦がある意味諦めてしまうほどに、ジンメイ人の文化にはカースト制度というものが不可分となっている。但し、注意が必要なのは、カースト制度が支配者層にとって都合がよいのは当たり前ではあるが、ジンメイ文化においては、民衆にもそれなりに受け入れられているということだ。単純に下位の者を虐げるというだけなら、この宇宙時代においてその制度は崩壊していただろうし、ガレンテ連邦も放置はしないだろう。とりあえず、(たとえそれが支配者層の戦術だとしても)上位の者も下位の者に対して寛容な態度で接するという特徴があるカースト制度だから根強く残っていると考えられているし、このように進出する企業にとっても気を遣わざるを得ないものとなっているのだ。
次に取り上げるのはこれだ。
Garoun Investment Bank (ガーロン投資銀行) の本部ステーションだ。名前はDopository(保管庫)となっているが、れっきとした本部ステーションである。このステーションも、開拓されていない第4惑星の衛星付近に建設されているが、実はこの企業もQuafe傘下企業である。特に第4惑星は軌道の離心率が高く(簡単に言うと、真円から大きくゆがんだ楕円)そのため人類にとっては気候的にも交通的にも非常に扱いにくいがゆえに開拓されずに放置されている惑星である。そこに本社を建設するあたり、おそらくQuafe本社と同じような思想に基づいているのだろう。
このようにひっそりと設置されているGIBだが、その投資効果は絶大であり、恩恵を受けている代表的企業がEgonics社だ。あなたがアマー人でない限り、好きかどうかはともかく、経験したことはあるのではないだろうか? 独自の音楽配信システム「Egone」を。
Egonics社とEgoneの詳細は当班クロニクル書庫の文献をご覧いただくとして、これもQuafe社と分野こそ違うものの、同じくガレンテ企業の代表格のひとつであるが、同社もこのLirsautton星系に進出を果たしている。
さらには、ビジネス分野だけではなく政治的に見ても、星系外周部の第9惑星には連邦管理局管轄のステーションが2つ置かれ、大使館としての機能や、連邦官僚機関として各地をつなぐ機能も果たしている。また 最外縁の第11惑星は付近にスターゲートが二基設置され、その交通の便の良さから商業船の要所となっており、月面の開発が進んでいる。
寄り道。Mamoの裏庭
さあ、後回しになったが、星系外縁部からもう一度中間域に戻ろう。
ホームワールドである第5惑星に向かう前に第6惑星にも立ち寄ってみることにする。入植に適した惑星であったのに開拓隊の悲惨な事故により腫れ物を触るような扱いとなってしまった惑星だ。
そこで、Tristanのオーバービューに見慣れないものが映った。このあたりに名所になるようなものがあるとは知らなかったが……どうやら第6惑星の衛星付近のようだ。
なんだ? あれは?
月の近くでワープアウトした私は、そのすぐ近くに広がるがれきの山のようなものに気づいた。もしかすると、また何かの戦闘の痕跡だろうか? 注意深く接近する……すると、Tristanの通信機のランプが点り、続いてスクリーンに見慣れない男の姿と、そしてスピーカーからは声が聞こえてきた。
「何だ? お前は?」
スクリーンに映った男をすぐに解析にかける。すると瞬時に名前が表示される。
Mamo Guerre
私は攻撃の意思がないことを伝え、他愛もないあいさつを返し時間を稼ぎつつ、そのがれきの山に接近する。さらに同時にこのMamoという男の情報をさらに検索する。
「FedMart所属……?」
確かに小売り業界最大手、FedMartに所属しているエージェントのようだが……しかし、同社のエージェントリストには載っていない。どういうこと? 私はいぶかしげに思いつつも、警戒されないようになだめるように声をかけながらさらに接近しつつ、艦載カメラをせわしなく作動させ、自動撮影も開始した。
「お前のようなやつに用はない。とっとと立ち去るか……それとも何かオレの役に立てるっていうのか?」
どうにも、大企業のエージェントというよりは、うさんくささが勝っている。私は軽く周囲をオービットしながら、自分は大学の研究員で、戦闘の意思はないことを伝えつつも、相手の反応からこれ以上刺激するのは得策ではないと感じたので、自動撮影がある程度完了したことを確認すると、簡単に別れを告げ、早々に第6惑星へと舵を切ったのだった。
ちなみに、これは帰還後にわかったことだが、Mamo Guerreとはやはりただのエージェントではなかった。
どうやらFedMart創業者の息子であり、超がつく大金持ちらしい。私が発見したがれきの山のような場所も知る人ぞ知る「Mamo’s Backyard(Mamoの裏庭)」と呼ばれる、彼の趣味の工場のような場所らしいと判明した。それを知った上で、撮影した写真を詳細に分析してみると、確かに大半はがれきだったが、一部そうでないものもあった。
がれきの山に隠されるようにシップヤードがあり、そこにまずMamoが搭乗する戦艦Megathronがある。これはよく整備されているように見える。さらに驚かされたのは、2隻の船ががれきと共に無造作に漂っていたことだ。その一隻はミンマター共和国が誇るマンモス級の輸送艦。これは恐らく整備中か。
さらにそのマンモスの近くで漂うもう一隻。
Luxury Yacht(ラグジュアリー・ヨット)だ。ガレンテの富裕層向けの娯楽船である。やはりこのMamoが大金持ちだと言うことは間違いがなさそうだけれど……私は写真のデータ解析結果を見て目を疑った。
Opux級?
私は急いで艦船データベースをオープンする。
……あった。やっぱりそうだ。
見た目はまだある程度は普及しているVictorieux Luxury Yachtと同じような感じだが、とにかく現存が確認されているのはNew Eden全域でわずか2隻と聞く。ということは、これは幻の3隻目? 私は現地でこの船に気づかなかったことを大いに後悔した。現地調査にも慣れてきたと思っていたけれど、怪しい第三者に注意を払いつつということで、かなり注意力散漫な状態だったようだ。まだまだ力不足だと痛感。
Lirsautton第6惑星へ
さて、話を戻して、私はMamoの裏庭があった月周辺から、第6惑星の方へワープする。ここは先ほども少し触れたとおり、開拓隊が悲惨な事故で全滅して以来、開拓が実質的にストップされてしまった悲運の星である。現在は各地からの流れ者が住み着くほか、一部の許可を受けたマイナー企業による採掘が行われているとのこと。
但し、流れ者達は今や文化的に相当退化しているとの情報もある。元はと言えば宇宙からやって来た者達だし、それも大昔のことではなくジンメイが連邦に加盟した後のことだからたかが知れている。(この惑星のテラフォーミングはガレンテの支援を受けて完了したとの情報からそう判断した)
なのに、彼らは今や、採掘企業の施設や艦船を神話的なものと捉えていると言われている。これほどまでに急速に文明の記憶というのは失われてしまうものなのだろうか?
この惑星の住民は方々の惑星から流れてきた者がほとんどで、しかも聞くところによると亡命者やその他何らかの事情を抱えたものが多いようだ。そのような者達の集まりであるから、ある程度の部族は形成されているものの、非常に排他的な性質が強く、それぞれの部族が孤立している状態である。要するにコミュニティが小さい上に外部との情報のやりとりも乏しい状態ということだ。
植民のための人員も準備も揃えることなくやって来たわけだから、持ち込んだ文明の産物はすぐに使い物にならなくなったことは想像がつく。読者の皆さまも想像してほしい。身の回りにある便利な機械や道具を「壊れるまで使う」以外のことが出来る人が一体どれほどいるものだろうか? あなたは紙の一枚でもご自分で作れるだろうか?
そこにコミュニティの小ささや閉鎖的な性格が拍車をかける。大きなコミュニティであれば「たまたま何かが出来る」人が集まり、知恵を合わせて少しでも文明を保存し、場合によっては新たな発展につなげることもできるかもしれない。しかし、小さいコミュニティではそうもいかない。持ち込んだ文化や知識は急速に失われ、子孫に伝わる内容もだんだん抽象的になる。そして、わからないものを「怪物」と呼ぶようになるのだ。
このように考えると、文明社会から取り残された集団は、その規模が小さいほど早く文化が廃れてしまうという仮説を立てることができ、現在の第6惑星の状況も一応納得することが出来そうである。
私は眼前に広がる第6惑星を……とても豊かで均衡が取れたように見えるこの第6惑星を眺めつつ空想する。遠い未来、この惑星の住民達の子孫が宇宙を席巻するのかもしれない。無茶な想像? そうだろうか? ワタシはそうは思わない。なぜなら。
NEW EDENに移住し、文明を失った私たち人類が一度成し遂げたことなのだから。
ホームワールド Chandeille(Lirsautton第5惑星)へ
ついに最後の目的地、私たちジンメイ人のホームワールドである、第5惑星へやってきた。
農業大国としてNEW EDENに名を馳せる私の母星は、想像通りだった。
豊かな海と広大な大陸、その陸地は広く緑で覆われている。自然こそ自分たちのアドバンテージだと知っている住民達が、自然と文明のバランスを上手く取ってきたたまものだろう。
「想像通り」と私は言った。
そう、私にとって初めての母なる星への帰還なのだ。カプセラとして活動していると感覚がおかしくなりがちだが、今の時代も大半の人々はあちこちの惑星上で暮らしているし、宇宙旅行、それも星系間の旅行は日常ではない。もっとも星系内を観光シャトルに乗って巡るという程度の宇宙旅行は日常的だし、私も経験してきたけれど。
私は祖父の代からガレンテ領内の別の惑星へ移り住んだ。そこで生まれ、育ったのだ。皆が自由を謳歌するガレンテらしい星だったので、私のものの考え方にはカースト制度の影響は無いように思っているし、そういう堅苦しいのはご免だとも思っている。眼前に広がる、祖先達が引き継ぎ、育て、慈しんできた、この豊かな世界は、こんな私でも迎え入れてくれるのだろうか?
私は、引き込まれるような感覚と、拒絶されているような感覚、相反するものを感じつつ私はゆっくりと母星を周回するのだった。
調査後記
少し感傷的になってしまった心をリフレッシュするため、私は大学に帰る前にもう一度Quafe本社へ立ち寄った。お目当てはもちろんこれ。
Tristanに満載……とまではいかないけれど、たくさん買った。
今回の現地調査は、研究としてとても充実したものだったけれど、自分自身のルーツを求める旅としても有意義だったと思う。でも地上に降り立ちはしなかった。
いつか、この母なる星が私を優しく迎え入れてくれると心からそう思えた時、私はこの地上に降り立つ。きっと。
そんなささやかな決意を胸に秘め、私はTrossereへの帰還の途につくのだった。
大量のQuafeと共に。