これを読んでくださっているあなたは、Ceul Darieux(セウル・ダリュー)という名前をご存じだろうか?
ガレンテ系企業でドローン関連最大手として有名なCreoDron社の創業者の名だ。
では、Old Man Starというのはどうだろうか?
ガレンテ連邦に属する方なら身近な名前かも知れない。商都Dodixieからわずか4ジャンプの星系だから。いや、恐らく多くの方々にとってはDarieuxの名と共に深く感銘を受けた覚えのある名前なのだろう。
彼はかつて、スターゲート建設に赴く船に乗船するも、ジャンプドライブのミスで大破し、漂流する船に一人残されたにもかかわらず、その後半世紀の歳月をかけて独力でスターゲートを建設し、見事帰還したという、ある種伝説的な人物である。
Old Man Starというのは、本来Ouperiaとして知られていた星系に彼の功績をたたえて名付けられた通称だ。もっとも通称と言っても現在の星図にもその星系は「Old Man Star」として記載されており、正式名称と言っても差し支えないだろう。
Darieuxの物語については第7調査班クロニクル書庫に収載されているのでそちらをご覧いただきたい。今回の現地調査は、このDarieuxが建設したというOld Man Starのスターゲートだ。
Old Man Starへ
では出発しよう。
私が普段滞在しているTorossereからは7ジャンプの道のりだ。近場ではあるものの現地のセキュリティステータスは0.3となっており、今回の調査対象はスターゲートそのもののため、人目にもつきやすく、迅速な調査を心がけるべきだろう。
私はいつも通り、Tristanに搭乗し、ステーションを出発した。特に目新しいこともなく、Old Man Starの手前のVillore星系に到着し、Old Man Star行きのスターゲートに接近する。
当然、近代的でよく整備されたスターゲートだ。しかし、かつてこのスターゲートから、すでに沈んだものとして忘れ去られていたDarieuxの船が現れたのだ。物語にも記されているが、その時の管制官や市民の驚きはさぞかし大きなものだったことだろう。そんなことを考えていると、今にもこのゲートからつぎはぎだらけの幽霊船のような船が現れそうな気持ちになる。
私はスターゲートに飛び込んだ。
ジャンプアウト。――目の前に広がるのは宇宙。そしてその背後には。
そこには隕石と融合したような奇妙なスターゲートがそこにはあった。
Old Man Star スターゲート調査
周囲に怪しい艦影がないことを確認し、私はTristanを旋回させ今くぐってきたスターゲートへ再び接近する。
なんとも奇妙な光景だ。一見すると未知の文明によって建造された何らかの遺跡のように見えなくもない。しかしこれはわずか60年ほど前(YC60年)に、しかも我々の同胞によって作られたスターゲートなのだ。それにしてもこれを5年かけてひとりで建設し、しかも完成した時の年齢は80歳を数えたというのだから……にわかには信じがたい。私はさらに詳細な調査を行うべくゲートに最接近した。
なるほど……。中心となっている小惑星からゲートのフレームを生やすような形で、主な構造体は作られたようだ。さらに安定させるためか、それともバランスを取るためか、近くに浮かぶ小さめの岩にもリングの上部がしっかりと連結されている。さらにその岩も周囲の岩にワイヤーで連結され、その岩を介して小惑星本体とも連結されている。こうしてみると、明らかに綿密な計算に基づいて建設された近代的な建造物であることが理解できる。
↓ 小惑星から生えるようにフレームが作られているが、それとは別に固定するための機構でしっかりと小惑星につながれているのがわかる。
↓ フレームの上部からは爪状の機構が伸び、岩塊に固定されている。機構に描かれたガレンテの紋章はのちに描かれたものだろうか? いくらなんでもDarieux老にその余裕はなかっただろう。
↓ ゲートが固定された岩塊はさらに複数の岩に連結され、その岩もまた小惑星本体に連結されているものもある。
↓ 全体をもう一度確認してみると、ワイヤーで連結された岩は、うまくゲートのバランスを取りつつ補強の機能ももっているように思える。
こうして接近調査を敢行していると、小惑星上に別の構造体を確認した。
これはDarieuxがスターゲート建設のために建造した自宅兼工場のようだ。すでに壊れている部分もあるように見える。しかし壊れたと言うより建設中とも取れるような状態のまま放置されているように見えるところも散見される。孤独の中でスターゲート建設をすすめる彼にとって建物の見栄えなどどうでも良かったはずだから、これも当然の結果なのかも知れない。
そして、もうひとつ。ゲート脇にも構造物を発見。
建設されるゲートを見上げるような位置に、岩から突き出るような形の建造物がある。接近してみるとそこには明らかに人間用とみられるデッキがあった。位置から考えてもこれはDarieuxの相棒であるドローンやロボットたちを制御するための管制室なのではないだろうか?
もちろん私は人類学者であって、エンジニアではないので正確なことはわからないが、この管制室で、頼もしく仕事を進めるドローンたちに指示を下すDarieuxの姿が確かに見えた。そんな風に思ったのだ。
冒頭にも書いたとおり、この大仕事を終えたDarieuxは無事に帰還を果たし、CreoDron社を立ち上げた。カプセラ達なら経験したことがあるだろうが、ドローン関連の設計書などの多くは、今でもCreoDron社のステーションでしか購入できない。(転売されたものは別だが)
元々この企業はDarieuxが漂流中に開発したり着想したものを基盤として立ち上げられたと聞く。現在販売されているものは、もしかするとその当時のままではなく、さらに改良されたものなのかも知れない。それでも同社のドローン業界における地位が他の追随を許さない現状であることから鑑みると、彼が孤独な無重力空間で生み出し続けた独創的な発想の数々は、未だにNEW EDENの最先端であり続けているのだろう。
調査後記
これが人の叡智というものなのだろう。ただ、私は研究者としてその叡智を尊敬するものの、それ以外の面――それは執念であったり、飽くなき探究心であったり、孤独に耐える心の強さだったり――そういう「心」により強い畏敬の念を覚えた。
私も研究者の端くれである。分野こそまったく違うが、私の目の前にも常にいつ終わるとも知れない研究対象が山のように積み上げられている。Darieuxほどの常人離れした発想力や才能はないにせよ、その折れない「心」は見習いたいものだと思う。一部の特殊な成果以外のほとんどの研究成果というものは、実は才能ではなく、研究者達のこうした心が生み出してきたものだと、私は思うのだ。
そういった心を持ち続けるということももちろん困難なことだろう。でも、私にはアドバンテージがある。
そう――私は独りじゃないから。
さあ、帰ろうか。
Darieuxの帰還の瞬間を空想しながら、私は彼と同じようにOld Man Starのスターゲートに飛び込んだ。
University of Caille 人類学部第7調査班
首席研究員 Saaren Arma