神田紅梅亭寄席物帳 道具屋殺人事件

書籍情報

著者 : 愛川晶
発行元 : 原書房
単行本発行 : 2007.8 ミステリー・リーグ
発行元 : 東京創元社
文庫版発行 : 2010.7 創元推理文庫

落語家・寿笑亭福の助とその妻・亮子が遭遇する事件を、福の助の師匠・山桜亭馬春の助けを受けて解決する、シリーズ第一作。

真の名探偵は馬春師匠であるが、脳血栓で倒れて以来、人前では言葉を発せず文字盤を指して伝えられる手がかりは、それ自体が謎であり、そういう意味ではその謎を解きほぐす福の助も名探偵と呼べる二重の構成になっている。

落語の演目、演じ方の深い部分までが謎解きに直結する、数ある落語ミステリの中でも、その成分の濃いものとなっている。

収録作品

  • 道具屋殺人事件
  • らくだのサゲ
  • 勘定板の亀吉

こんな人にお薦め

  • 詳しいかどうかは別として、落語に興味があるあなた
  • 短編にも読み応えを求めるあなた
  • 落語にハマるきっかけを探しているあなた

あらすじ

以下文庫版裏表紙より引用

亮子の夫は落語家・寿笑亭福の助。彼と出会うまで落語と縁のなかった亮子も、最近では噺家の女房らしくなってきた。

師匠の山桜亭馬春が脳血栓で倒れてしまって以来、寿笑亭福遊に師事している福の助だが、前座の口演の最中に血染めのナイフが高座で見つかり、大騒動になったことを馬春に相談したところ……。

落語を演じて謎を解く! 珠玉の三編収録の本格落語ミステリ集第一弾。

以上引用終わり

書評

読み応え抜群! 落語初心者でもわかるのに深い。文字通りの落語ミステリ。

先日書かせていただいた、大倉崇裕先生の「三人目の幽霊」の書評でも少しこの作品に触れましたが、「三人目の幽霊」も落語界の内幕の描写や、事件に落語の演目がテーマとして関わってくるところなど、落語ミステリとしての興味をそそるものでしたが、本作は、さらに落語成分が色濃くなっています。私の感覚では、ミステリとして成立しうる落語小説としては、ひとつの到達点でないかとさえ思えます。

3つの作品が収録されていますが、すべてに共通する特徴として次のことがあげられます。

  1. ミステリ的事件と、落語家(もしくは落語家の妻)としての難題が同居している
  2. 特定の落語の演目がこの2つのテーマに深く関わる
  3. 第一の名探偵・馬春師匠の謎解き自体が一種の判じ物であり、それを落語家としてのセンスで紐解くのが第二の名探偵としての福の助である

これらの点をもう少し詳しく申しますと、まず「道具屋殺人事件」では、高座で木刀に見立てられた扇子から見つかった、血に染まった本物の刃物と、それを使ったと見られる殺人事件の謎と共に、一門中で特別な意味のある大ネタ「黄金餅」を兄弟子の陰謀で演じることになった福の助の難題が同居します。

「らくだのサゲ」では、福の助の弟弟子でホスト上がりの二つ目落語家・桃屋福神漬にまつわる女性失踪事件と、またまた兄弟子の陰謀で、伝統的にサゲ(オチ)がつまらない「らくだ」の新たなサゲを考えなくてはならなくなった福の助の難題が絡み合い、「勘定板の亀吉」では、詐欺事件の嫌疑をかけられた亮子の同僚の教師のアリバイ証明に関わる騒動と、ウケ易い下ネタばかり高座にかける若手落語家の問題、高座にかかったはずの「壺算」がなぜか寄席のネタ帳に見当たらない問題が渾然と語られます。

これらは、一見すると無関係なな2つ、ないしは3つの事件が最終的に繋がって解決するというパターンで、こう言うと、ミステリとしてはそれほど珍しい物ではありません。しかし、その解決のきっかけになるのが落語、それも表面的な演目や物語ではなく、演じ方の深い部分まで考察して初めて事件と絡んでくるという点で、他には見られない深さを感じさせてくれますし、福の助が自分の周辺の「落語家」としての問題を解決するために演目を突き詰めることが、ミステリ的事件の解決に知らず知らずのうちに重なってくる描写は見応えがあります。

さらに、馬春師匠は探偵としてはいわゆる天才型ですが、病気の後遺症でうまく喋ることができないために、事件の推理や、福の助が直面する問題の解決の糸口を、文字盤で指し示す簡単な言葉でしか福の助に伝えませんので、福の助はそこから真の解決を導き出すために、さらに推理を重ねることになります。この二重に配置された探偵の役割もミステリ的にとても効果的です。

確かに推理のキモが落語の演目の深いところにありますので、落語に詳しくない方が読みながら犯人を推理するのに適した造りとは言えませんが、まだまだ落語のことに詳しいとは言えない亮子さんの視点がメインとなっていますので、無理なく理解しながら読み進めることができます。また、落語界の内幕についても、変に脚色したドロドロさはなく、普通の落語家が持つ熱意とプライドが印象的に描かれています。

ここでも、亮子さんが大きな役割を果たしているのが面白い。

落語家の女房としてはちょっと軽はずみなお節介で、夫の後輩達に立ち入りすぎた発言をしてしまうことで、飄々とした若手落語家の内に潜む強い思いや、福の助の落語家としてのこだわりをうまく(?)引き出しています。特に「勘定板の亀吉」で、職場の先生と、ネタ帳担当の前座落語家、苦労を内に秘めた若手落語家、そして福の助からも責められ、板挟み……というより四面楚歌になってしまう亮子さんは、自業自得と言ってしまえばそれまでながら、実に効果的に落語家、落語マニアの本音の部分を暴き出していて、興味深く読むことができました。

とにかく、落語界の描写もリアルで、演じ方にまで立ち入った演目の掘り下げの面白さ、そのような落語的要素が、二重三重に張られた謎の解決に綺麗に絡みつく構成の素晴らしさ、二重の探偵による、重層的な謎の解決と、一話一話が短編とは思えない読み応えです。(実際三編収録ですから、中編集といっても良いのかも知れませんけれど)

文句なくお薦めです。

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1 comment for “神田紅梅亭寄席物帳 道具屋殺人事件

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