書籍情報
著者 : 大倉崇裕
発行元 : 東京創元社
単行本発行 : 2003.7 創元クライム・クラブ
文庫版発行 : 2009.7 創元推理文庫
大倉先生のデビュー作である前作「三人目の幽霊」に続く「落語シリーズ」第二作にして、初の長編作品。
こんな人にお薦め
- じっくりと本格ミステリに取り組みたい気分のあなた
- 落語とか見立て殺人とかが大好きなあなた
- 七度狐を知っているあなた
あらすじ
以下文庫版裏表紙より引用
静岡に行ってくれないかな――北海道出張中の牧編集長から電話を受け、緑は単身杵槌村へ取材に赴く。ここで名跡の後継者を決める口演会が開かれるのである。
ところが到着早々村は豪雨で孤立無援になり、関係者一同の緊張はいやが上にも高まる。やがて後継者候補が一人ずつ見立て殺人の犠牲に……。
あらゆる事象が真相に奉仕する全き本格のテイスト、著者初長編の傑作ミステリ。
以上引用終わり
書評
落語、見立て殺人、過去の事件、多くの伏線、すべてが綺麗にまとまった良作
落語ミステリとして高い評価を得た「三人目の幽霊」に続く「落語シリーズ」第二作となる、大倉先生初の長編作品です。
落語雑誌「季刊落語」の新米編集者、間宮緑の視点で語られるこのシリーズは、前作では寄席の中や緑の周囲で起こるミステリとしては「軽い」事件を扱った日常の謎系の物語でしたが、今回はがらりと変わって、気合い充分に人が死にまくる、硬派な本格ミステリとなっております。
もちろん、落語シリーズの名は伊達ではありません。舞台は静岡県の山奥にある杵槌村――過疎の波に押し流されつつあるこの村の、今や一軒のみとなってしまった旅館「御前館」で行われる落語会にまつわる連続殺人が……という正当派落語ミステリ(?)ともいうべき物語になっております。
この落語会こそ春華亭古秋という代々世襲で受け継がれてきた名跡を、息子達の中から選ぶための寄席とのこと。この辺は落語の世界を、茶道、華道、能楽などの世襲が当然の世界に置き換えると、よくある二時間サスペンスと似たような設定だということに思い当たってしまいます。
しかし、落語に詳しくないワタシなどからすると、いつも舞台でニコニコしているイメージや、笑点での和気あいあいとしたイメージが先行していたので、内側のドロドロとした争いの描写を新鮮に感じることができました。
また、本作では物語全体を通して、落語家の人間関係だけではなく「七度狐」という演目についての、幻の新構想が深く関わっています。、その点でも落語ミステリの醍醐味を見ることができます。
さて、事件の方ですが、上で述べた通り、気合い入ってます。
ガンガン死にます。
とてもシリーズ前作が日常の謎系の作品だったとは思えません。
しかも、ただ死ぬだけではなく、お膳立ても雰囲気たっぷりで、冒頭ではいきなり45年前の杵槌村で起こった先代古秋師匠の失踪騒動、同じ頃の京都で起こった色物噺家の失踪が語られます。その上そこには季刊落語編集部の京敬哉(かなどめ・たかや)なる人物がいたようで……。
そうなると、現在の事件も当然45年前の先代失踪事件と絡んでくる上に、身勝手でワガママな跡継ぎ候補の息子達とは違って、礼儀正しく、緑にも好意的で頼りになる、当代古秋の預かり弟子(跡継ぎ候補ではない、よそから預かっている弟子)である春華亭夢風なる、本格ミステリ的にはとっても怪しさ満点の人物がいらっしゃる。しかも彼は、ここ杵槌村出身ときたもんです。
なかなか盛り上がるお膳立てではありませんか。
トリック、謎解きも、前作のロジック型重点のものから、そこに不可解な見立てが絡みます。そこには45年前に先代古秋が自分の胸にしまったまま失踪し、幻となったはずの、落語「七度狐」完全版の構想が見え隠れします。
見立てをなす意味もさることながら、なぜ、誰がこの構想を知り得たのか、という感じで謎が謎を呼びます。しかし、肝心の名探偵・牧編集長は豪雨で孤立した杵槌村に来ることができずに、事件は混迷を極めてゆくのです。
ただ、この点、物語的には、牧不在の穴を埋めるように緑が夢風らと協力して手がかりを掴むべく奔走するということになり、よい設定なのですが、多くの殺人に見立てに過去の失踪事件など、てんこ盛りの謎解きを、じっくり読者に見せるには、牧編集長の登場が遅すぎて、解決が駆け足になってしまったように感じました。
大トリックの一発勝負ものであればよいのですが、ロジック型の推理を見せるシリーズだけに、もう少し推理の道筋を丁寧に見せていただけるとより満足できたのではないでしょうか?
ただ、誤解無きよう。
推理が飛躍しているわけではないのです。ただ、中盤から物語のスピード感が一気に早くなり、事件が連発しますので、こちらのテンポもヒートアップいたします。で、そこで牧編集長が登場するのですが、登場が遅すぎることもあり、複雑に絡んだ事件の謎解きもスピードを落とさずに一気に語られてしまうので、読んでいる気分的に、推理の検証をする……といいますか、論理の積み重ねを賞味する余裕がないままに、読み進めてしまいがちになるのがもったいない、ということです。丁寧に読めば、細かいエピソードの一つ一つが、綺麗に事件に繋がっているのに、少なくとも初読時には、そこが消化不良気味になってしまうのです。
それでも、落語ミステリとしての雰囲気、本格ミステリとしての構成と仕掛け、物語としての面白さが全体的にまんべんなく備わっており、じっくり取り組む価値のある良作です。
お薦めです。
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