書籍情報
著者 : 泡坂妻夫
発行元 : 講談社
単行本 : 1980.11
文庫版 : 1984.10 講談社文庫
発行元 : 東京創元社
文庫版発行: 2001.11 創元推理文庫
彩り豊かな昭和の風情が全編を包む短編集。端正な中にある奇抜さが魅力。
収録作品
- 赤の追想
- 椛山訪雪図
- 紳士の園
- 閏の花嫁
- 煙の殺意
- 狐の面
- 歯と胴
- 開橋式次第
こんな人にお薦め
- 雰囲気のある短編集をお望みのあなた
- スマートな驚きを味わいたいあなた
あらすじ
以下文庫版裏表紙より引用
出所して間もない手許不如意のひだるさに、島津亮彦は身なりを繕って花見客さざめく多武の山公園へ。知人に出会い、誘われるまま鍋をつついたその翌日……愛すべき傑作「紳士の園」や、殺人現場に赴いた風変わりな捜査官が織り成す推理の妙「煙の殺意」など八編を収録。
興趣の尽きないストーリーと騙される快感が堪えられない名作品集。
以上引用終わり
書評
正当派ミステリと奇抜さの不均衡な調和
ファンなら誰でもご存じの通り、泡坂先生はマジシャンでもありました。
だから当然、そんな泡坂先生の書くミステリはマジックにたとえられることがしばしば。
では、この短編集はマジックに例えるとどういうものになるでしょうか?
決して大舞台で演じられる大きな驚きでもって観客を魅了する大イリュージョンではありません。そして、目の前に自分の手をさらしつつ高度な技術でなされる精密なテーブルマジックとも違います。
言ってみれば、場末のバーでお酒を飲むお客さん相手に手品好きのマスターがたまに見せてくれる、なんてことのないマジック。そんな感じです。それほど大きな驚きがあるわけでもないけれど、何気ない語らいの流れに乗ってごく自然に繰り出される小さな驚きは、とても心地よい。これは、手品がそのお店の空気の流れにのっているからこそ感じられる感覚で、これはお店の空気をばっさり切って「さあ! これからマジックタイムです!!」てな感じで行われるものとは全く目的も効果も異なります。
この短編集は、ミステリとしての事件もあるし、推理の手がかりも示されます。しかし、いかにも推理してみろといわんばかりの雰囲気ではなく、素直に物語として静かに引き込まれてゆく感覚です。そして、謎解きから最後のオチへ。正直、謎はそれほど難易度は高くありませんが、細かく伏線が張られているので、最後のオチの切れ味はよいです。大きく驚くと言うよりは、そう来たか! という感じです。
それでもこの短編集には、やはりマジシャンだなと思わせてくれる大きな特徴があります。
どの作品のことか言ってしまうと、未読の方にとっては興ざめですので割愛しますが、いくつかの作品ではかなり突飛な仕掛けや、展開、犯行の動機が存在します。ストレートに本格ミステリとして読んでいれば、これは突飛すぎるとか、やり過ぎじゃないの? とか感じてしまうレベルです。でも、マジックって結構そういうものも多いんですよね。
トランプやコインなど、いかにもお手軽な道具でできるようなマジック。まさにタネも仕掛けもなさそうで、いかにもマジシャンの高度なテクニックによって騙されてるんじゃないかと思ってしまいます。ミステリで言うと「心理的トリック」といったところでしょうか? でも、意外とそういうテーブルマジック的なものにも、ガチガチの仕掛けが仕込まれていたりします。もちろんそれでもテクニックが必要なのは当然ですが、見る者はまさかこんな手軽そうな手品にそんな大がかりな物理トリックが仕込まれているとは思わないわけです。そういう意味では心理トリックとも言えますが。
イメージしにくい方にあえてひとつ簡単な例を挙げます。テレビで放送される手品なんてスタッフやお客さんがみんなグルなら大概のことはできますよね? 大勢の観客全員がサクラならなんでもできてしまいますが、テレビを見ている人は「まさかそこまではしないだろ」とか「きっと驚くべきトリックがあるに違いない」とか勝手に思い込んでしまうわけです。サクラじゃないの? って思ってしまうと面白くないですからね。
要するにこれと同じだと思うのです。
いかにも落ち着いた雰囲気で語られる物語、幻想めいたものなど微塵もないような世界、しかも泡坂先生の筆力で彩り豊かに描かれた昭和の世界。そんな場所に、事件はいかにも不可思議な状況をもって読者を迎えてくれます。当然ミステリ的にも謎解きは正当派で来るだろうと読者が構えたところに、ものの見事に投げ込まれるトンデモな仕掛け。ミステリとして見たときには、それがために浅く見えてしまうことはあり得ますが、そうではないと思います。
バカミスのラストがバカなオチでも驚きませんが、この作品の雰囲気でトンデモオチがくると驚けるのです。もちろん、オチがトンデモでも、そこに至る伏線や雰囲気作りが非常にしっかりしているからと言うのは前提条件ですが。
もちろんこの作品の魅力はそんなことだけではありません。
オトナの恋愛小説的な洒落た雰囲気の作品もあれば、「椛山訪雪図」のように古美術を巡る事件を、江戸の風俗、風流を紐解いて解決するものあり、倒述風な記述が雰囲気を醸し出す「歯と胴」のような作品もあります。見事なまでに作品ごとに異なった世界が創られています。
鮎川哲也先生の作品もそうですが、やはりひと世代前の小説家は描写力が素晴らしいと思います。そのような方々に共通するのは、人物だけではなくてその背景の描写が生きているということです。風景がただの場所の設定としてだけではなくて、きちんと物語の世界としての色や匂いを持っているのです。ミステリ作家に絞れば、そういう表現が充分に出来ていると私が感じる方はそういらっしゃいません。(皆無ではありませんよ) これも文字以外の情報伝達手段の発達がそういう表現の必要性を低くしてきた結果なのかも知れませんが、本好きとしては少々寂しいものがございますね。
話がそれましたので総括を。
ミステリ的に端正な構成、綿密な伏線と、突飛な仕掛けのアンバランスさが新鮮な驚きを与えてくれます。そしてそのミステリ部分は、小説としての面白さの一要素として全体の雰囲気にうまくマッチしています。お薦めです。
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