書籍情報
著者 : 西澤保彦
発行元 : 角川書店
単行本発行 : 1997.8 カドカワ・エンタテインメント
文庫版発行 : 2001.8 角川文庫
発行元 : 幻冬舎
文庫版発行 : 2008.10 幻冬舎文庫
タック・ボアン先輩・タカチ・ウサコの四人組が迷推理・名推理を繰り広げる匠千暁(タック)シリーズ、「麦酒の家の冒険」に続く第四弾。
時系列的に見ても「麦酒の家の冒険」のあととなっているが、作中ではタックとタカチの出会いのエピソードが描かれている。
こんな人にお薦め
- ドロドロしたのがお好きなあなた
- タックとタカチの出会いを知りたいあなた
あらすじ
以下文庫版裏表紙より引用
通称タックこと匡千暁、ボアン先輩こと辺見祐輔、タカチこと高瀬千帆――。
キャンパス三人組が初めて顔を突き合わせた一年前のクリスマスイヴ。彼らはその 日、女性の転落死を目の当たりにしてしまう。
遺書、そして動機も見当たらずに自殺と結論づけられたこの事件の一年後、とあるきっかけから転落死した女性の 身元をたどることになった彼らが知ったのは、五年前にも同じビルから不可解な転落死があったということ。
二つの事件には関連はあるのか? そして今また、新 たな事件が……。
二転三転する酩酊推理、本格ミステリシリーズの逸品!
以上引用終わり
書評
キャラはコミカル、物語はドロドロ
う~ん。参りました。
内容がドロドロすぎます。
元々そんな作風の西澤先生ですが、今回はホントに後味悪かったですね。それは事件の当事者の人格だけでなく、背景にいる普通の人々も全部ひっくるめた、人間の性の汚らしさを描いてしまっているからでしょう。
物語としては、タックとタカチが出会った一年前のクリスマスイヴに起こった女性の転落事件が、五年前のイヴに同じ場所で同じような状態で起こった高校生の転落事件と繋がってゆき、さらにタック達の知り合いの鴫田(しぎた)先生が今年のイヴに同様の転落事件の当事者になる、というものでなかなか本格好きのココロを刺激してくれるものです。
しかも、すべての事件は自殺とおぼしき状況ながら、遺書はなく、本人が用意したらしきプレゼントが一緒に落ちているけれど、その中身はプレゼントとしては理解できないものばかり、といった感じで、この状況にタック達がどんな推理を披露してくれるのか期待が膨らむところです。
だがしかし、事件の輪郭が見えてくるに従って、人間の嫌な面がどんどん見えてきます。
しかも、西澤作品の場合は、最後までそれに対する救いがなかったりいたします。
タック達の描写がコミカルタッチなので、その陰惨さが際立ちます。物語が終わりを告げる頃には、アイツもコイツも偽善で独善で……ホントに救われません。
ちなみにこの物語では、いろんな「悪」の中でも、親の子に対する独善的支配というものが、とってもイヤらしいものとして描かれています。
その中でも、マンションオーナーの年寄りが、息子に家業を継いでほしい、同居してほしいとぼやく姿を引き合いにして、それも独善的支配の姿だと陰々滅々にタックが読者に語りかけるシーンがあるのですが、ワタシは正直かなーり首をひねってしまいました。
親も子どものことを思いつつ、自分の望みを子どもに投影してしまうことはあるでしょう。でも、子どももそれを受け入れたり反抗したりして自分というものを形成してゆくものです。そのような親子の形を何でもかんでも「親の独善だ!」って言ってしまったら、お互いにまったく関わらずに生きてゆくしかありません。
もちろんこれは小説の登場人物たるタックが言っていることに過ぎないのですが、五年前に転落死した高校生と親や祖母との関係の描写や、タカチの様子などからも、とことん親の独善というものが汚らしく描かれています。そして、そのような描写からは西澤先生の思想が透けてしまっています。そうなると読んでいて、妙な思想を押しつけられているような不快感を覚えてしまうのです。
まあ、ワタシなどはそのような考え方を聞いても「そんな甘いこと言ってるから、子どもがろくな育ち方しないんだ」ってくらいにしか思わないのですが。だって、親の子に対する束縛なんてあって当たり前だし。(ちなみにこれは虐待なども含む異常なレベルのことを言っているのではありません)
で、問題なのはこの辺の思想に共感できないと、物語がまったく嘘っぽくなってしまうんですね。
事件の真相も、動機もすべてとってつけたもののように感じてしまうのです。
せっかくの本格ミステリとしての凝ったシチュエーションが、ある意味台無しです。残念です。
あと、他のシリーズ作品のレビューでも書いたのですが、やっぱりタカチが不自然に思えてなりません。ひと言で言ってしまうと強烈なクールビューティという設定なのですが、作中での言動は、むしろ普通の人よりアツいんじゃないですか? って感じのものばかりで、そのたびにタックの「普段のタカチはこうじゃないのだ!」っていうフォローが入るのが白々しいのです。
もちろん、タック達といる時はある程度ハジけられる、それはよいと思うのですが、たまには「本来の」タカチの描写をしてくれればもっとリアルに感じられるのにと、これはシリーズを通じて感じることです。
これだけ文句を言いながらも、やはり四人のやりとり魅力的ですし、異様な状況からいろんな仮説を組み立てるスタイルも楽しいから、結局読んでしまうシリーズなのですけれど。
やっぱり、本作に関しては残念な感じです。