書籍情報
著者 : 鯨統一郎
発行元 : 講談社
新書版発行 : 2002.3 講談社ノベルス
文庫版発行 : 2005.7 講談社文庫
麓麗(ふもとうらら)、三須七海(みすななみ)達がタイムスリップした先で歴史上の偉人と出会ったり、タイムスリップしてきた偉人と出会って歴史に隠された謎を追う「タイムスリップシリーズ」の第一作。
今回はタイムスリップしてきた森鴎外と共に、文学史に隠された大量殺人の謎を解く。
こんな人にお薦め
- 鯨先生の歴史新解釈ものが好きなあなた
- 荒唐無稽を許せるあなた
- 森鴎外ってなんだか固くて馴染めない……なんて思っているあなた
あらすじ
以下文庫版裏表紙より引用
何者かに殺されかけ、大正11年から現代の渋谷にタイムスリップしてしまった、明治の文豪・森鴎外。
道玄坂で若者に袋叩きにされているところを女子高生・ うららに助けられる。
彼女の友人達の助けを借り、元の世界に帰る方法を探るうちに、文学史上の大疑問に突き当たり、鴎外を狙う意外な犯人の名が浮かぶ。
以上引用終わり
書評
荒唐無稽。ミステリとしてももうひとつ。でもオーガイを愛さずにいられない!ラップ必見!!
大正11年、何者かの手によって殺されかけた森鴎外が現れたのは平成の渋谷。そこでもワルにからまれ絶体絶命の鴎外を助けたのがうららと七海……という一種のSFとも言える設定のこの作品。
前半はうらら達が、彼を本物の鴎外だと信じるに至る過程、そして鴎外が現代風俗に慣れてゆく様が描かれています。
このあたりはあえて言ってしまえば、ご都合主義といいますか、鴎外さんは実に柔軟に現代文明を受け入れてゆきます。でも、若い頃にその当時未知の国と言ってもおかしくないドイツに留学し、エリスという女性とのロマンスまで経験してきた鴎外さんですから、意外とこの人選は的を射ていたのかもしれませんね。
森鴎外の作品には堅苦しいイメージものを持っていた私でしたが、服装も、言葉遣いも、礼儀も、すべてがまったく自分の常識が通じない世界で、それらを否定せず、どんどん馴染んでゆく鴎外さんを見ていると、創作だとはわかっていても森鴎外という作家に対する見方が変わってしまいます。
もちろん、鴎外がすんなりこの時代に馴染めたのは、親分気質でぐいぐい引っ張ってくれるうららがいてこそなのですが。
この作品での事件というのは一風変わっていて、過去の時代で鴎外を殺そうとした犯人を推理するというものです。それが鴎外が元の時代に帰るために必要だという理屈はよくわからないのですが、そんなことは些細なこと。
そうしてうらら達は文学少女の香葉子と、うららにアタック中のミステリマニアの小松崎ら、友人と協力しつつ大正・昭和文学史を紐解くうちに、そこに隠された大きな陰謀に気付き……という展開になるのですが、正直なところちょっと強引な感は否めません。推理の過程も、根本の「陰謀」自体が推測の域を出ないものですから、色々理論を構築しようとしているものの、やはり説得力はもうひとつ。
ただし、犯人はなかなか意外! そうきたか! という爽快感がありました。
このように書いてしまうと、凡作に思われてしまいそうですが、そんなことはないのです。
いや、ミステリとしては凡作かもしれませんが、そんな評価をものともしないくらい森鴎外ことモリリンの魅力が秀逸です。
文学賞に自分の名前を冠したものがないのを知ってヘコむモリリン、後輩である芥川龍之介達の方が人気が高いのを目の当たりにしてやっぱりヘコむモリリン、特に凝った描写ではないのですが、ホントに親しみが持てます。それだけにタイムスリップした影響か、誰かの陰謀か、自分の作品がどんどん歴史から抹殺されてゆくモリリンは見ていられませんでした。
で、変装の意味もあって髪も染め、体力回復のためにトレーニングをこなすモリリン最大の見せ場はここです!
鴎外さんをつけ回す二人組から逃げるためとは言え、なんと、飛び入りでラップコンテストに参加することに!
やけくそのモリリンの「イエーイ!」のかけ声と共に、その名シーンは、はじまります。
鴎外ラップ!
「ここはパラダイス。誰でも本を読んでいる素敵(ナイス)な場所(プレイス)」
「ここは渋谷。オレンジ色の髪の少女に導かれてやってきた。」
このフレーズを中心として繰り返される鴎外ラップは、文学への思い、この時代への若者へのエール、国を憂う思い、そしてうららへのほのかな想い、すべての感情を乗せてモリリンの口から歌い、綴られます。
間奏ではブレイクダンスまで披露しながらのモリリン On Stage!
ありえない……ホントにありえないけど、ちょっと泣ける。
無茶苦茶だけど、鯨先生の作品の中でもかなりの名シーンです。ここは変にリアリティを求めたうがった見方をすると損ですよ。
総括すると、やっぱりミステリとしてはもうひとつ。SFとしても、過去からきた人間が現代文明に驚き、苦戦しながらも慣れてゆき活躍するという展開は、冷静に見ればありがちとも言えます。
でも、心に残るのです。
文学って、それでいいのかもしれません。
ホントはよくないかも知れないけど、いいのかも? って思わせてくれる魅力が、この作品にはありました。
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