殺戮にいたる病(我孫子武丸)

書籍情報

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著者 : 我孫子武丸
発行元 : 講談社
単行本発行 : 1992.9
文庫版発行 : 1994.8
文庫本発行 : 1996.11

殺人者の異常な心理を綿密にたどるサイコホラー。
この作品を我孫子先生の最高傑作と評する読者が多いのは、驚愕の……。
書かれた時代を考えれば、非常に先駆的といえる作品である。

こんな人にお薦め

  • サイコホラー、サイコミステリ好きなあなた
  • グロいの大好き! なあなた
  • ミステリと言えば、どんでん返しなあなた

あらすじ

以下文庫版裏表紙より引用

永遠の愛をつかみたいと男は願った――東京の繁華街で次々と猟奇的殺人を重ねるサイコ・キラーが出現した。

犯人の名前は、蒲生稔!
くり返される凌辱の果ての惨殺。

冒頭から身も凍るラストシーンまで恐るべき殺人者の行動と魂の軌跡をたどり、とらえようのない時代の悪夢と闇を鮮烈無比に 抉る衝撃のホラー。

以上引用終わり

書評

私には合いませんが、傑作かも?

世間の評価が非常に高いこの作品に対して、いきなり「合いません」ですみません。

だってグロいんですもの。
コワイのではなくて、グロい、気持ち悪い。

犯人の異常性を際立たせるためだろうと思うものの、露骨な性描写、陵辱描写、そして、すでにモノとなってしまった人間の体の一部に対する描写。

言ってしまえば、サイコホラーとはいいながら、この作品が読者を震わせるのは「オーメン」や「サイコ」のような、まさに心理的な恐怖ではなく、より直接的な生理的な嫌悪感といったものに頼った恐怖であるような気がします。

もっとも主人公にして犯人の「蒲生稔」の狂気だけでなく、自分の息子が殺人者ではないかと疑いを持つ蒲生雅子が、追い詰められながら少しずつ狂ってくる過程などはなかなか読み応えがありました。

また、被害者、島木敏子を起点として出会う元刑事の樋口と敏子の妹、かおるが犯人を探すために葛藤しながらも協力して行く様も、淡々としながらも良い物語になっています。

それなのに、読後感としては、8割方「気持ち悪さ」ばかりが残ってしまったのですから、そのえげつなさは察してください。

ところで、この作品がそれでも「我孫子武丸の最高傑作」と言う評価を受けているのは……端的に言って「トリック」です。

はっきり言ってしまうと、その一点だと思います。
詳しくは下のネタバレコーナーに書きますが、未読で、いずれ読みたいと思う人は、ゼッタイ見ちゃダメw

その一点が多少なりとも読む前に推測できてしまうと、本書の傑作たる価値はあなたにとって半減してしまうでしょうから。

ですからここではホントに当たり障りのないことだけ……。

わたしは、まさに今2009年が初読なのですが、前半でその大トリックの骨格はわかってしまいました。
もちろん、すべてが説明できると言うことではなくて、あくまでも「骨格」という意味ですが。
そして、わたしがそんなことをここに書くのは自慢ではありません。
おそらくこの作品が発表された1992年当時としては、まさに奇想天外の大トリックだったと思うのです。
たまたま、わたしが読んだのが2009年。
すでに奇をてらったトリックを弄した作品も大量に世に出てしまっている、今、この作品を読んだから、すんなりわかってしまったんだろうと思います。

そう考えると、その点ではやはり傑作だと評さざるを得ません。

しかも、それはただ「面白いトリックのネタを思いついた」と言うことではなく、そのトリックは、作品全体にわたる筆の冴えがあって初めて生きてくる類のものですから。

我孫子先生は、デビュー作「8の殺人」に始まる速水三兄妹シリーズ、「人形はこたつで推理する」などの人形シリーズ、そして、あの大ヒットゲーム「かまいたちの夜」のシナリオと、文学的とは言い難いけれども、非常にエンターテインメント色の濃い、単純に「面白い」「読者を惹きつける」文章を書かれる作家さんです。

本作も、そんな我孫子先生の文章力、構成力があったからこそ、あのトリックが読者にとって、より鮮烈なものになったのでしょう。

最後にひとつ……大クレーム

頼むから、陵辱・殺人シーンに岡村孝子さんのスタンダードナンバーの歌詞を繰り返し使うのはやめてくれんかねw
素直に聴けなくなるでしょうがw

やっぱりわたしには合わない本作ですが、だから駄作だとか、読む価値無しとか言って、切り捨てることもまたできない、そんな不思議な作品です。


以下、ネタバレありです。未読の方はご注意を


ふむむ。

叙述トリック。

なかなか巧妙ではあるのです。
だから、叙述トリックがある、と意識せずに読んでいると見事に騙されて気持ちよくなれる確率が高いです。

が、あの出だしからして、叙述トリックあるぞ! と言わんばかりであるために、わたしはその辺を疑いながら読んでしまい、結果、まだまだ序盤のシーンでの「オジン」「お・じ・さ・ま」で、大まかな仕掛けに気づいてしまうという惨劇に。

本文でも書いた通り、書かれた時代を考えれば、そのくらいがちょうど良い塩梅だったのかも知れませんが、やはり、現在の感覚では叙述トリックなのにフェアすぎると感じてしまうのでした。

それと、最後の1ページでのどんでん返しは非常に鮮やかなのですが、そこだけ太ゴシックで表記するのはやめた方がよいのでは?(文庫版で確認)

「蒲生稔(○○)←自主規制」みたいなところが強烈に目に入りやすいので、読む前に何気なく最後の方をめくってみたら……という地獄絵図が人知れず繰り広げられているような気がします。

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